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吉井理人の凄さが分かる名言・語録集!元メジャーリーガーのコーチング論から人生哲学まで


野茂英雄のメジャーリーグ挑戦はまさにパイオニアというべきものでした。しかし野茂はプロ入りの時からドラフト史上最多の競合となった規格外の選手であり、投球フォームも体格も日本人離れしています。

そんな特別な存在ではなくとも、日本で活躍している投手ならばメジャーでもプレイできるのを明らかにした投手のひとりが吉井理人です。

規格外の野茂とは違い、投球術を駆使する投手として、長谷川滋利と共にメジャーリーグで30勝以上を記録した吉井は、日本で活躍する好投手ならメジャーでも通用するという認識を生み出すのに大きな貢献しました。それにより多くの好投手が海を渡ることにつながったといえます。

また現役引退後はセカンドキャリアとしてまずは大学院で学び、コーチング理論を磨くという方法も、吉井が先駆者のひとりでした。それは精神論一辺倒に向いがちだった野球のコーチング技術に一石を投じるものでありました。

今回は元メジャーリーガーで、いくつも新しい道を切り拓いてきた吉井理人の凄さが分かる名言や語録を紐解き、そのコーチング論から人生哲学にまで迫ります。

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吉井理人について

まずは吉井理人の経歴を追ってみます。

1965年4月20日生まれ、和歌山県有田郡出身。簑島高校では2年の春、3年の夏に甲子園に出場。1983年のドラフトで近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)から2位指名を受けて入団します。

1987年に初勝利をあげ、翌年にはクローザーとして最優秀救援投手のタイトルを得ます。1990年まで抑えで活躍しますが、その後は不振に襲われ、1993年に先発へ転向。トレーニング方法について鈴木啓示監督との軋轢もあり、1994年オフにヤクルトスワローズへ移籍します。スワローズでは先発として3年連続で二桁勝利を記録し、2度のリーグ優勝と日本一に貢献。1997年オフにFAでメジャーリーグに挑戦します。

ニューヨークメッツと契約し、NPB初のFAによるメジャー移籍を果たします。1999年にはディビジョンシリーズでランディ・ジョンソン、リーグチャンピオンシップシリーズではグレッグ・マダックスという歴史に残る大投手と投げ合いました。その後はコロラドロッキーズ、モントリオールエクスポズ(現ワシントンナショナルズ)に所属し、2003年オフにオリックスブルーウェーブ(現オリックスバファローズ)に復帰。

2004年終了後に戦力外通告を受けますが、仰木彬監督の就任で再契約となり、2005年と06年にはまずまずの成績を残します。2007年途中に千葉ロッテマリーンズへトレード。シーズン後に戦力外となり引退。

日本プロ野球通算18年で、89勝62セーブ、防御率3.86。最優秀救援投手1回。メジャーリーグ通算5年で32勝、防御率4.62。

引退後は北海道日本ハムファイターズのコーチを務め、その後は解説者をしながら筑波大学大学院で学び、福岡ソフトバンクホークスのコーチ、再びファイターズのコーチ、そしてマリーンズのコーチを歴任しています。

 

私が選ぶ、吉井理人の凄さがわかる名言・語録集

【名言語録その1】

「なれるよ」

ファイターズの投手コーチとして、「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹から、真っ直ぐで三振を取りたいと言われて、吉井は上記のように即答しました。更に「なれるけど、そのために真っ直ぐを速くする必要はない」と話しましたが、ボールの質を磨き、配球を考えることを示唆したのです。

しかし斎藤はあくまでも真ん中に投げて打ち取れる真っ直ぐにこだわったそうです。

吉井は現役時代、「コーチは選手のためになっていない。プレーの邪魔になっている」と感じていたといいます。吉井の他に工藤公康、渡辺久信、古田敦也、山本昌、桑田真澄などの世代は「新人類」と呼ばれていました。当時は無気力で無責任な世代だと揶揄されましたが、根性論の名のもとに行われる、いわゆる「愛の鞭」に反発した世代です。

野茂と吉井が当時のバファローズ監督である鈴木啓示と対立したのは有名な話です。鈴木は自分の成功体験をもとに指導し、吉井たちはもっと理屈の通った根拠を求めました。かつてのスポーツ界には理屈より体を動かせという軍隊的要素が残っていましたし、人を育てるというよりもふるいにかけるという感じでした。

そんな風潮に吉井や野茂が一石を投じ、球界再編事件の時には古田が選手会会長として「たかが選手」と揶揄されながらも選手たちを牽引し、工藤や渡辺が監督やSDとして活躍しているのは、偶然ではないでしょう。

 

「僕らの世代は、今まですごく頑張ってきたと思う。頑張ってきた自分を評価していいし、誇りにしてもいいんじゃないですか」

確かに彼らの成したことは、野球界としてもっと評価されてもいいように思いますし、ブレイクスルーできない選手は、もっとその言葉に耳を傾けてもいいのではないかと思います。

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【名言語録その2】

「伝えるというよりも、気づかせていくということですね」

吉井は選手に「失敗する理由を自分で探せるようになってもらいたい」と話しています。確かにどんなことでも教えられるより、自分で気づいたことの方が忘れないものです。

吉井は選手の成長を4つの段階に分けています。

簡単に分類すれば、①土台作りの段階、②1軍に定着の段階、③1軍レギュラーの段階、④ベテランの段階、という感じです。

それぞれの段階ごとにコーチに問われる仕事は違ってきます。技術や体力強化なのか、よりパフォーマンスを上げる指導なのか、あるいは社会人としてプロとしての生活指導なのか、それを見極めて必要なことを適切に行えるように意識しているそうです。

当たり前のことのようにも感じますが、今は大企業でも即戦力を求める時代であり、成長段階に合わせた社員育成を放棄しているところまであるのを考えれば、このような丁寧なコーチングはもっと社会に還元されるべきものかもしれません。

 

「緊張した時に自分のフォームがどう変わりやすいか理解していれば、修正法を考えられますよね。球が浮いた原因もわかるんで、単にここは低めに投げなきゃと思うだけじゃダメなんだとわかる。逆に言うと、ミスした場面を深く振り返って思い出さないと原因はわからない」

原因を個々の問題として深く考え、自分の課題に気がつけば、修正法は見つかります

それはまさに気づきであり、スポーツも考えることがいかに重要かを教えてくれます。

 

【名言語録その3】

「コーチの仕事は本当に難しい」

2012年にファイターズのコーチを辞任した時の言葉です。その後、吉井は筑波大学大学院で学び、更に自ら研鑚に励みます。

吉井が指導者として参考にしているのは、バファローズ時代の投手コーチだった権藤博と、スワローズ時代の監督だった野村克也だそうです。

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奔放な権藤と緻密な野村では好対照に感じますが、権藤には隠れた緻密さがあり、野村には隠れた豪放さがあるようです。

たとえば野村は配球などにうるさかったそうですが、基本は投手が投げたい球をどう使うか考えることであり、原則でがんじがらめというわけではありませんでした。

コーチングに必要な技術や知識は年々進歩しています。トラックマンの導入など技術的な指標はもちろん、吉井が2019年にコーチを務めたマリーンズでは、ランニングメニューでも脈拍や心拍数をチェックし、疲労度などを把握するために体組成測定も行っています。また投手が緊迫する場面でどれくらいの球数を投げているのかデータ化することで、そのような状況で多く投げると、肩への負担が増加していることを検証しています。

技術や理論が日進月歩で進んでいる中、昔とは違う部分もあれば、変らない部分もあるだろうと思います。

それをどこまで柔軟に取り入れ、生かしていけるかが、コーチングの妙味なのでしょうし、吉井も意識しているところなのでしょう


吉井理人 コーチング論: 教えないから若手が育つ

 

名言からの学び

・先駆者たちは時代の変化に呼応する

・自ら気づくことが成長につながる

・変わらないものと変わりゆくものを、うまく生かすことが学びである

 

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